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2008年 07月 20日

「テーブルの上で」記憶の庭 1982制作 B2

HP上のコメント
http://www6.ocn.ne.jp/~koboss/

「この作品の前に
ライトテーブルの上に砂鉄とかガラス板などを構成して
ライティングに工夫をして写真撮影をするという習作があります。

この頃はブレダン紙に6Bの鉛筆で描くことがほとんどだったのです。
紙としての物が表現を展開させていくことの可能性に気づくことが出来たのは、
鉛筆の紙に対する角度と滑らせていく方向とにこだわっていたからです。」

鉛筆と紙、そして線のみによる表現という単純化を経て質感、調子などを自分のものとしてあらためて捉え直すきっかけとなったものの一つ。

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「テーブルの上で」 B2
1982
紙に鉛筆



この頃しばしば鳥の登場する夢を見た。
鳥の様々な現れようを解釈することなく実現しようとすることが、
自分の絵画の持ちうる現実感への手がかりとなることを願っていた。
これは鳥とも爬虫類ともなんともつかない生き物のように見える。
流体力学には興味があったのだが
科学的なアプローチには自分はあっていないようだった。
レオナルドの世界に身近なものとして特別な興味をもつようになったのは最近の事。 紙の質感がなんとか解ってきた時期のもの。
紙の上に描かれるものは
むしろ紙にはぐくまれ生まれてくるようだ。 (2000)

以下四点1982~3年頃の作例
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素描をやり直す必要が出てきてハイビスカスをモチーフとして空間の取り扱いの試みをしている一連のものの中から。

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ハイビスカス素描 F6×4 
2006

鉛筆


素描空間への身の置き方には様々なタイプがあって、現在の自分が最も興味をもっているのはそういう「素描空間の在り様の検証」なのかもしれない。

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# by kobosss | 2008-07-20 17:11 | 素描思考 | Comments(0)
2008年 07月 19日

互いに 見るものと見られるもの

このままズームアップしてあちら側の人をカメラが抜けていく、というシーンを夢想

夢の中であったなら、ドッペンベルゲン的経験というのはよりリアルに可能であると思うけれど、覚醒している状態でのそれはこういう事に近いのではないか、と思い込むにはきっかけとなる実体験が前提としてあるのだけれど、それは現在は括弧付きの記憶としてあるのみ。

その経験は肉体感覚というよりは「脳内感覚」というようなものを伴っていて、それは判断基準のひとつとなる。そして、それは自分が絵画制作での確認作業で使用するものと殆ど同じである。

写真は、そのように意識して撮っても、多くの場合たんなる「図示」にしかならず、その感覚を引き起こす事にはならないが、撮り続けていると何かが起きる事もあるのではないか、と撮り続けている。

とはいえ、そのような「目的意識とは別」に様々な事が起き、そこで気付かされるものに自分は生かされているようで、そちらの方が大事なような気もする。

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NikonD3  
Carl Zeiss Distagon T*2.8/25 ZF

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# by kobosss | 2008-07-19 10:45 | 日常風景随想 | Comments(0)
2008年 07月 17日

風景にレンズを向ける私が映る

と言っても、運転している自分はこちらを実際には見ていない、、、意識を幾分かこちらに向けている程度

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NikonD3  
Carl Zeiss Distagon T*2.8/25 ZF

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# by kobosss | 2008-07-17 23:27 | 日常風景随想 | Comments(0)
2008年 07月 17日

風景の中の鏡に映る私

ミラーに映る車からとっているわけだけれど、ここのポイントは移動しながらの流し撮りである、という点だと思っている。言い換えれば、異なった方向の運動が重なっているところ。

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NikonD3  
Carl Zeiss Distagon T*2.8/25 ZF


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# by kobosss | 2008-07-17 23:22 | 日常風景随想 | Comments(0)
2008年 07月 17日

風景の中で微笑む桜井某としてこちらを見る

そんな事が可能かどうか?あちら側とこちら側の視線あるいは意識が交錯する、という事が意識されたのは22歳頃

その一組の視線はそれぞれ移動していて、直交する、というのが望ましい、、のだと

これは東海道線が高架で道路と直角に交わるポイントを持っているところからの「経験」から発想されている

列車上からその道路を走る車の運転手を見ていて、その運転手に自分の意識が集中したまま、、、、列車上の私と車の運転手=私は直交するようにすれ違い、自分の中を自分が通り過ぎるかのような体感が残る、、、、という

抜けた時には特有の「体感=特に脳辺りに」が残っていて、それは制作での自分と制作物との関係から来る感覚とかなり共通していると思われた

こういう写真はそういう事を思い出しての単なる図=イラストレーションを越える事が出来るかどうか、、??そこが問題なのだろう、とは思う
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そもそもそういう思考と絵画が制作という形で結びつくものかどうかさえ疑わしい
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NikonD3  
Carl Zeiss Distagon T*2.8/25 ZF

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# by kobosss | 2008-07-17 23:17 | 日常風景随想 | Comments(0)